東京高等裁判所 昭和55年(ラ)687号 決定 1980年10月31日
抗告人
ヂーゼル機器販売株式会社
右代表者
新井武郎
右代理人
中村勝美
相手方
西日本機器有限会社
右代表者
辻顕一
相手方
辻顕一
右両名代理人
岡田勝一郎
主文
原決定を取り消す。
本件移送申立てを却下する。
理由
一本件抗告の趣旨は、主文一、二項同旨及び「抗告費用は、相手方らの負担とする。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙(一)<省略>記載のとおりであり、これに対する相手方らの意見は、別紙(二)<省略>記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 一件記録によれば、本件移送申立ては、原告を抗告人、被告を相手方らとする東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第六〇八号売掛代金請求事件(以下「本案訴訟」という。)につき相手方らからされたものであること、本案訴訟において、抗告人は、相手方西日本機器有限会社(以下「相手方会社」という。)との間の商品売買取引基本契約(以下「本件契約」という。)に基づき相手方会社に対し売り渡したカークーラーの売掛代金について、相手方会社がその割賦支払いを遅滞し期限の利益を失つたとして、その一括支払いを相手方会社及びその連帯保証人である相手方辻顕一(以下「相手方辻」という。)に対して訴求し、これに対し、相手方らは、右期限の利益の喪失を争うとともに、相手方会社は抗告人に対して反対債権として右カークーラーの売買に伴う特約上の値引請求権及び褒賞金請求権並びに相手方会社が抗告人に対し売り渡したシートカバー等の売掛代金債権を有するとして、これを自働債権とする相殺を主張し、抗告人は右反対債権の存在を争つていること、右カークーラーの売買及びシートカバー等の売買に関する交渉は、すべて広島市にある抗告人の広島営業所と広島市に本店を有する相手方会社との間においてされたものであること、本件契約においては、同契約及び同契約に基づく個別的契約についての訴訟は東京地方裁判所を管轄裁判所とする旨の合意(以下「本件管轄の合意」という)がされていること、本件管轄の合意がされるに至つたのは、抗告人が、その規模及び組織の現状にかんがみ、すべての訴訟事件を東京にある本社において管理するのが相当であるとし、取引先との各種契約書において東京地方裁判所を管轄裁判所とする旨の合意管轄の定めをするとの方針を立て、その方針のもとに、相手方会社との本件契約においてもこの定めをすることを求めたためであること、以上の事実を認めることができる。
右の事実によれば、本件管轄の合意は、本件契約に基づく取引に関する訴訟については東京地方裁判所のみを管轄裁判所とする旨のいわゆる専属的管轄の合意であると解される。
2 相手方らは、本件管轄の合意は、契約書に不動文字で印刷されていて、抗告人が一方的に相手方らに押し付けたものであり、相手方らは、経済的に弱い立場にあるため反対することもできず、やむをえず右契約書に署名押印したものであつて、合理的判断に基づいて右管轄の合意をしたものではない、と主張する。しかしながら、本件管轄の合意があらかじめ契約書に不動文字で印刷されていたこと及び右管轄の合意は前記認定のように抗告人側の事情から本件契約の条項中に盛り込まれるようになつたものであることから直ちに、右管轄の合意が抗告人の一方的押付けであるということはできず、他に相手方らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 ところで、専属的管轄の合意がある場合にも民事訴訟法三一条による移送ができるかどうかについては解釈上議論のあるところであるが、当裁判所は、同条による移送の制度は当事者の著しい損害を回避するという当事者の利益較量の要請と訴訟の著しい遅滞を避けるという公益的要請とに基づいて設けられたものであること及び当事者は同法二五条により一審に限り合意により管轄裁判所を定めることが許されていることにかんがみれば、専属的管轄の合意がある場合に、右合意を全く無視するのは相当でないが、さりとて右合意を前記公益的要請に優越させることも相当でなく、結局、右公益的要請があるとき、すなわち、訴訟の著しい遅滞を避ける必要があるときには、同法三一条により事件を他の法定の管轄裁判所に移送することが許されるものと解するものである。
4 そこで、次に、本件につき、訴訟の著しい遅滞を避けるため事件を広島地方裁判所に移送する必要があるかどうかについて検討するに、本案訴訟における事案の概要は前記のようなものであるところ、一件記録によれば、証拠としては、書証のほか、人証として、抗告人からは証人三名の、相手方らからは証人六名及び相手方辻本人の尋問が申請されていること、右人証合計一〇名の住所は、一名が北九州市であるほかは、いずれも広島市であることが認められるが、右人証中には立証趣旨を共通にするものもあり、本件事案の内容にかんがみれば、その全員を尋問する必要があるとはとうてい考えられず、右人証の尋問のためにはせいぜい数回証拠調期日を開けば足りるものと思われ、その場合、右人証がいずれも広島市又は北九州市に在住の者であるとの点も、今日の交通事情からすれば、その出頭確保はそれほど困難ではないし、場合によつては裁判所による出張尋問若しくは嘱託尋問も可能であるから、それによる訴訟の遅滞はそれほど著しいものであるとは考えられない。相手方らは、必要があれば更に証人を申請するつもりであるというが、本件事案の内容に照らし考えれば、前記の、尋問が必要と思われる人証と差し替えるのではなく、これに追加して尋問を必要とする人証があるとはほとんど思われない。そして、右のような本件事案の内容及び今後の証拠調の見通しにかんがみれば、相手方らの訴訟代理人が広島市居住の弁護士であることを更に考慮しても、著しい遅滞を避けるため本件を広島地方裁判所に移送する必要があるものとは認められない。
5 それゆえ、相手方らの本件移送の申立ては理由がないものとして却下を免れない。
よつて、これと結論を異にする原決定を取り消し、本件移送申立てを却下することとして(なお、抗告費用の負担については本案の訴訟費用の裁判において決められるべきものであるから、抗告費用負担の裁判はしないことにする。)、主文のとおり決定する。
(宮崎富哉 高野耕一 石井健吾)